東京地方裁判所 平成5年(特わ)2551号 判決
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官金澤勝幸、弁護人大木一幸各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一〇月に処する。
未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、野村邦定(分離前の相被告人、以下、「野村」という)に雇われ、同人が営むパチンコ景品換金業に関する売上金の管理運用及び経理事務等に従事していたものであり、野村は、東京都千代田区三崎町二丁目一一番一三号天久ビル三〇一号(平成四年三月下旬以後は、同都中央区佃一丁目一一番九号シティフロントタワー一七〇六号)に居住し、同都千代田区三崎町三丁目七番八号ほか三か所においてパチンコ景品の換金業を営んでいたものであるが、被告人は、野村と共謀の上、野村の所得税を免れようと企て、右事業の取引及びその収支を明らかにする帳簿を作成せず、その収入金を他人名義の預金口座に入金し、あるいは、他人名義のゴルフ会員権等の取得に充てるなどしてその所得を秘匿した上、
第一 平成元年分の野村の実際総所得金額が二億〇一九五万七七一〇円(別紙1修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成二年三月一五日までに、東京都千代田区神田錦町三丁目三番地所轄神田税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税額九六八七万五五〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)を免れ、
第二 平成二年分の野村の実際総所得金額が二億六八五〇万一三五六円(別紙2修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成三年三月一五日までに、前記神田税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税額一億三〇一三万六五〇〇円(別紙5ほ脱税額計算書参照)を免れ、
第三 平成三年分の野村の実際総所得金額が三億二六六七万二三八一円(別紙3修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成四年三月一六日までに、前記神田税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税額一億五九二二万八五〇〇円(別紙6ほ脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
(注)括弧内の番号は、証拠等関係カード(検察官請求分)記載の番号である。
判示全部の事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 第一回、第二回及び第六回公判調書中の被告人の各供述部分
一 野村邦定に対する所得税法違反被告事件の第三回及び第四回公判調書中の被告人(証人土井功靜)の各供述部分
一 被告人の検察官に対する供述調書二〇通
一 野村邦定(一一通)、向坪末吉(甲二三)、八村勇、島田東吾、森利孝(甲三〇)、増岡タマエ及び野村利明(三通=甲五二、五三、五四)の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の売上高調査書、仕入高調査書、給料賃金調査書、地代家賃調査書、交際接待費調査書、旅費交通費調査書、通信費調査書、事務用品費調査書、水道光熱費調査書、雑費調査書、雑収入〔BOX〕(雑所得)調査書、賃借料〔BOX〕(雑所得)調査書、補填金収入(雑所得)調査書、損益通算できない雑所得の損失金額調査書及び所得控除調査書
一 検察事務官作成の捜査報告書(二通=甲六〇、六三)
判示第二及び第三の各事実について
一 大蔵事務官作成の支払保険料調査書、福利厚生費調査書、貸付金利息(雑所得)調査書及び支払利息(雑所得)調査書
判示第二の事実について
一 大蔵事務官作成の雑損失調査書
判示第三の事実について
一 大蔵事務官作成の修繕費調査書及び貸倒損失(雑所得)調査書
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項(ただし、判示第一及び第二の罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。
(争点に対する判断)
一 弁護人は、本件脱税(無申告ほ脱犯)は納税義務者である野村の単独犯行であり、被告人には野村との共同実行の事実も共同実行の意思もなく、野村に対する教唆及び幇助の行為もないし、仮に、被告人に幇助行為があったとしても、被告人は野村の使用人にすぎず同人の命令に従わざるを得ない立場にあったため、被告人には適法行為に出ることについての期待可能性はなかったから、いずれにせよ被告人は無罪である旨主張する。そこで以下これらの点について検討する。
二 関係証拠によれば以下の事実が認められる。
1 被告人と野村は、同じ小学校の同期生であったが当時は互いに面識はなく、高校生のころから付き合うようになり、その後は一緒に旅行やマージャンなどをするようになった。被告人は専修大学法学部大学院を中退後いくつかの会社に就職し、その間主に経理の仕事に従事し、仕事を通じて経理関係の一応の知識を身につけていたが、昭和六三年六月ころそれまで勤めていた靴店を辞め、職を探していたところ、平成元年三月ころから、当時東京都千代田区神田一円を縄張りとしていた暴力団神田小林一家の総長代行であった野村を介して同一家二代目総長が経営するパチンコ景品換金所(俗に「買場」とも言う。以下は「換金所」と略す)の買子の仕事を手伝うようになった。
2 同年五月、野村は同一家の三代目総長に就任すると、総長代行時代からすでに経営権を手に入れていた三か所の換金所(千代田区神田神保町及び神田駿河台に所在)に加え、前総長が経営していた換金所(神田三崎町に所在)の経営権を手に入れ、自らそれら合計四か所の換金所を経営するとともに、各換金所からの売上金を取得するようになった。野村は、野村個人に帰属するこれら所得について、当時までは買子の手伝いに過ぎなかった被告人に、その管理等を委ねることとし、被告人に対して、「買場のことでヤクザが表に出るのは、警察や問屋やパチンコ店の関係でもまずい。堅気の人間を置きたい。だから名前だけでもお前が社長ということで買場をやってくれんか。社長という名前がついた分給料をアップしてやるから」などと言って、被告人が換金所の名目上の経営者になるとともに売上金の管理、運用及び経理事務等を担当するよう依頼した。被告人は、かつて会社勤めをしていた際経理を担当していた経験があったことなどからこれを承諾し、それまで月額二〇万円ないし二五万円程度であった報酬を月額約三〇万円受け取るようになった(その後月額五〇万円位にまでアップした)。
3 同月末ころ、野村は被告人に経費帳類の作成を指示するとともに小林一家の組関係の費用を換金所の経費のように装うよう、また、換金所の経費を水増しして記帳するよう指示した。被告人は、野村の指示に従った経費帳等の作成を始め、また、同年六月ころ、野村の指示により、富士銀行お茶の水支店に吉田光男名義の架空預金口座を開設し、換金所からの利益の一部を入金するようになった。被告人は、野村のこうした指示を通じて、野村はそもそも税金を払う意思がなく、将来税務調査等があった場合には所得をできるだけ少なく見せるつもりであると認識するようになった。同年秋ころ、野村は被告人が金銭出納帳を作成していることを知り、被告人に対し「これではいくら使っているかすぐわかってしまう」などと言ってその廃棄を命じた。そこで、被告人も収益が明らかになる帳簿類の作成をやめたが、経費帳の作成は続けていた。しかし、被告人は、次第に現金の出入りが複雑になりその把握が困難になってきたため、平成三年九月ころ自身の判断で金銭出納帳の作成を再開したが、これは公表を予定せず自宅に隠匿保管し、その後も他の金融機関に有限会社笹久商事等の架空借名預金口座を開設し、同様に換金所の利益を入金していた。この間、平成元年七月、被告人は、景品換金業を法人組織にした方が税金対策上も有利と考え、野村の了解のもとで有限会社ユートピア商事を設立し、代表取締役となったが、野村に納税の意思がないことが判り、会社を存続させる意味もなくなったことから平成二年五月右会社を解散した。
4 被告人は、以上のほか、換金所の売上金の集金、換金所の家賃や光熱費あるいは従業員の給料等の支払いなど四換金所すべての経理全般を管理掌握するとともに、野村個人のゴルフ会員権等各種債務の支払いなども担当していた。
5 被告人は、換金所の実質的な経営者は野村であるのに、万一税務調査を受けるようになった場合、表向きは被告人が経営者となっており、また、実際に換金所の経理を担当していることから、被告人自身が実質的な責任を負わされるのではないかと考え、野村に対して税金を払うよう進言することもあったが、野村は「何でやくざが税金を払わなきゃいけないんだ」などと言って、被告人の言葉に耳を貸そうとはしなかった。被告人はこうした野村の態度から、強く言っても仕方がないという気持ちになり、野村に言われるまま、前記のとおり、換金所の収益を隠匿し、経費を水増し記帳するなどして換金所の経理事務を続けた。
6 そして、被告人は、右のような野村の意を受けて、平成元年分、同二年分及び同三年分の野村の所得について、それぞれその申告期限内に確定申告の手続を全くとらなかった。
三 以上の事実によれば、被告人は、野村がその所得について脱税する意思を有していることを認識しつつ、野村の指示に従って、換金所の表向きの経営者となり、内容虚偽の経費帳を作成する一方、換金所の収入分については記帳せず、当初作成していた現金出納帳を廃棄し、換金所からの売上金は架空借名名義の預金口座に入金するなど所得秘匿に向けた不正行為をしていることが認められる。しかも野村が実質的に経営するすべての交換所の売上金の管理、運用を担っていたのは専ら被告人であり、被告人は野村の「金庫番」と評し得る立場にあったこと、右各不正行為も野村の指示によるものとはいえ、そのほとんどを被告人みずから行っていることなどを併せ考えると、被告人が本件脱税に関して極めて重要な役割を果していたことは明らかである。
確かに野村は暴力団の総長という立場にあり被告人はその野村に雇われていた者にすぎないのであるが、被告人は暴力団構成員としてではなく、あくまで堅気の人間としての扱いを受けていたのであり、また、被告人と野村とは同い年で一時同じ小学校に通学し、その後高校生のころから親しく付き合うようになった仲であることからすれば、両者の間にことさら強い主従関係があったとは認めがたい。現に、被告人は、結果的には聞き入れてはもらえなかったものの、野村に対して税金を払うよう進言しており、このことは、野村にとって耳の痛いことであっても被告人はこれを言える立場にあったことを示すものである。したがって、この点は被告人の正犯性を認める妨げとはなりえない。また、右のように被告人は野村に対して申告をするように進言したのであるが、野村がそうした進言に耳を貸さなかったことからそれ以上強くは言わず、野村の意図を知りつつ、不正行為を行っているのであるから、この点も被告人の正犯性を認める妨げにはならない。被告人に共同実行の意思があることは明らかである。さらに、被告人が本件脱税に関して得ていた利益はもっぱら月々の報酬だけであり、その額も月々三〇万円から五〇万円程度のものであるが、左足を失った身体障害者である被告人にとっては、他に適当な職場も見つけがたい事情にあり、野村から受ける報酬は被告人及びその家族の生活を支える上で重要な収入源であったことからすれば、被告人が本件脱税に加功したことは自己の利益のためでもあるということができ、被告人の受け取っていた報酬が特別高額なものではなかったことも被告人の正犯性を認める妨げとはなりえない。
なお、以上の事実関係に照らし、期待可能性を欠く旨の弁護人の主張が採用できないことも明白である。
以上のとおりであって、被告人は本件脱税につき共同正犯としての刑事責任を負うべきものであり、弁護人の主張は採用することができない。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、暴力団の総長である野村と共謀の上、野村が経営するパチンコ景品換金所の売上金に関して、その取引内容及び収支を明らかにする帳簿を作成せずに虚偽の内容を記載した経費帳を作成し、売上金を仮名借名名義の預金口座に入金するなどして野村の所得を秘匿した上、これを全く申告せず、平成元年分から同三年分までの野村の所得税合計三億八六〇〇万円余を免れたという無申告ほ脱犯の事案である。
本件の脱税額は高額であり、そのほ脱率は一〇〇パーセントである。犯行態様は、取引内容及び収支を明らかにする帳簿を作成せず、それまで作成していた金銭出納帳を破棄した上、本来換金所の経費とは認められない組関係の費用等を換金所の経費として計上したり、経費を水増しして記載した経費帳を作成するなどして、万一税務調査等があった場合でも換金所の収支の実態が容易に把握されないようにするなど相当に悪質である。被告人は、野村の「金庫番」として、換金所の売上金の管理、運用に関して欠かすことのできない立場にあり、右不正行為のほとんどを被告人みずからが行っていること、犯行後、国税局の調査を恐れた野村から罪証隠匿工作への協力を依頼され、これに応じて税務調査に対し虚偽の供述をしていることなどからすれば、被告人の刑事責任は決して軽いものとはいえない。
しかしながら、不正行為は野村の指示によってなされたものであること、本件脱税によって得た利益のほとんどは野村に帰属しており、被告人自身は月々の報酬以外にさしたる利益は享受していないこと、結果的には受け入れられなかったものの、被告人は野村に対して申告をするよう進言していたこと、検察庁の取調べ段階から本件につき詳細な自白を始め、公判廷においても反省の態度を示していること、平成四年一一月脅迫罪により罰金に処せられた以外には前科がないことなどの酌むべき事情も認められるので、主文の懲役刑に処するとともに、その刑の執行を猶予するのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 堀内満 裁判官 野口佳子)
別紙1 修正損益計算書
<省略>
別紙2 修正損益計算書
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別紙3 修正損益計算書
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別紙4 ほ脱税額計算書
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別紙5 ほ脱税額計算書
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別紙6 ほ脱税額計算書
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